11月24日(木)のにんけんは、限界芸術論の輪読でした。
鶴見俊輔氏の限界芸術論についてみんなと意見を共有して行く過程で一つ明らかになったものがあります。それは、学生と社会人の「限界芸術」の受け取り方が違う、ということです。
(これはにんけん内だけのことかもしれませんが、、)
学生は限界芸術と呼ばれる「モノ」に目を向けている傾向がありました(それは間違いであったとのに気づくのですが)
しかし、限界芸術とは「日常的状況をより深く美しいものに変革する」その過程・行為こそが芸術であるということに気づくことができました。
そういった前提条件を共有した中で、現在の限界芸術とは一体なにがあるのか、というディスカッションを行いました。
その結果、もしかしたら「携帯・スマートフォンをいじる」行為こそが今日における限界芸術なのかもしれないという意見が出ました。
みなさんもやりません?料理出てきたらパシャ、とか
あれは携帯電話、もっと言えばスマートフォンが普及したと同時に起こった動きではないでしょうか?
写真を撮る行為をはじめとする携帯電話やスマートフォンをいじることについて、みなさんも言われてみて初めて気づくほどもう根付いてしまったように思います。
今回のにんけんは、そんな意識していないことに目を向けることのできる会だったように思います。